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國分功一郎さんの森の哲学講義。

中央公園の雑木林で、「七夕ノ日ハ林ニ居リマス」
午前中どんぐりの会の七夕飾り。
皆で作った素敵な色とりどりの飾りが竹の葉とともに風に揺れて気持ちよい風景でした。

お昼休みには、どんぐりの会さんからフォークミュージシャン、
その後、静かにのんびりと林でからだのワーク。


そして、
14時~國分さんの森の哲学講義。

『暇と退屈の倫理学』から
「環世界、習慣、サリエンシー」がタイトル。

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普段私たちが意識してないことが意識化されしかも分かりやすい講義でした。
以下、林の中の木陰での講義のピックアップです。

ノミの世界の話から始まり、生き物は、
<習慣>を形成することで周囲の刺激から守られ生きていける世界を作っている。
習慣があるからこそ、人間はひとつひとつものを考えないですむ生活ができる。
しかし、慣れない刺激・ショック<サリエンシー>により、習慣が更新を迫られる時に
思考が作動し、知性の起源となる。
…あらゆる生物は知性をもっている。例えば、ダーウィンのミミズの話から。

サリエンシーには反復することで慣れる。
それでも難しい場合は「分かち合い」が有効。
現在のめまぐるしく配置や距離を帰る関係性となっている消費社会で、
こだわりが少なくて柔軟で、即興的に相互依存的にイノベイティヴ、が必要となる。
が、この社会の変化への対応が、個人の問題としか処理されないことで
精神病理的診断が増えているのでは。
例えば自閉傾向の強い性質を持つ人には生き辛い、
自閉症の人は日々サリエントな世界に身をさらしている。

最後に映画「ランボー」を例に挙げ、
サリエンシーに対する抵抗を低下させる訓練によって生きる人物像を問題提起されました。
(國分さんの物まねはまたおもしろい!ダースベーダーもしかり。)

・・・・・・・・

当日の様子は、映像でご覧なれます。
http://t.co/T9oRMJgAqJ
http://youtu.be/F3UFzftvMNg
http://youtu.be/ehupPnEskd4
http://youtu.be/0xhhwRnI3Ds
http://youtu.be/OX4yPq_uOQY


・・・・・・・

今の私たちの生活は
気がつけば様々なサリエンシーの中に身をさらされている、けれど
習慣が更新される前に、サリエンシーに慣れてしまうので、なかなか変わらない。。。

習慣はダイナミックなものとして作られる
と國分さんが言われたのは印象的。

刺激をどうダイナミックに習慣へと繋げていけるか…?
まず日頃の習慣を見直してみたいものです。。。


2013_7_7_DSC9812_mini.jpg
「七夕ノ日ハ林ニ居リマス」
午前中どんぐりの会の七夕飾り

2013_7_7_DSC9815_minijpg_20130718181031.jpg
静かにのんびりと林でからだのワーク

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